2008年10月08日

「つぐないのSEX」イエズス、マリア、ヨゼフからの命令

071006_1400~0001003.JPG2007年4月2日 PM6:05 マリー・マドレーヌに与えられた聖母マリア様からのメッセージ 秋田県湯沢市「清水小屋」共同体にて (償いのSEXが終わった後、他の人たちは「パッション」をみていた) 聖母マリア様:  パッションを作ったメル・ギブソン監督の映画のように、今愛する息子の心は砕かれようとしています。リトル・ペブルが真っ先に知りました。イエズスの役をになった司祭が、愛する息子ジャン・マリー司祭です。しかし、イエズスを宗教家たちが断罪したように、「彼は司祭では無いので気をつけるように」と教会からの一つの文章が出されます。同宿たち皆は、一つの群れになり、リトル・ペブルのもとに集められます。引き続きパッションを見てください。イエズスの全てがわかります。  愛する息子の身に起こることで、もうそれぞれに反応が起きています。マグダラのマリアにならい、この人こそ私の命を救った人だと愛するマリー・マドレーヌは知り、そしてそれを、身をさらし、多くの人の中で笑いものになりながらもついていきます。それは、彼女が強いからではなくて、ただ支えられてのことです。ひと突きで、悪魔は倒そうと、いつも誰もが狙われていることを、おぼえてください。生命の危険にあうようなことです。  これほどまでにイエズスを愛し、リトル・ペブルを愛しぬく司祭(ジャン・マリー神父)の方法は、人には理解しがたいことばかりで、今まで多くの人が彼を軽蔑し離れました。マリー・マドレーヌは実に裸になるのをさけて聖なることを求めたくて、心にいろいろと願っていました。でも自分に情緒の傷があって、修道会ではやれないと知らされ、激しく苦しみもだえていました。実際に性的なことを経験しているマリー・レベッカをたてることで、自分の処女をまもり、そしてアン役として死ぬことを承諾していました。でも、償いが始まり、彼女はイエズスの受難に深入りを始めました。心にイエズスを受け入れなければ何も出来ないと知ったからです。自分の苦しみはイエズスに到底及ばないけれども、でも女性の中で一番下になりました。彼女は愛する息子がいないともうだめです。子どもたち、一人ひとりに用意された道を歩き、雄々しく、強くあってください。司祭の祝福をお願いします。 ジャン・マリー神父:  全能の神、父と子と聖霊とが汝らを祝福し給わんことを。アーメン。 http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/index.html
posted by こるべまりい at 19:22| 秋田 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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