2017年07月03日

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2017年6月30日

2017年6月30日 
マリアママの御出現

ジャン・マリー神父「イエズスの御水に対する礼拝について、何か教えてちょ。それについて、御受難のマリア・アントニアがどう用いられるの?ファウスティナとのつながりは?神の御いつくしみの信心はすばらしいんだけど、カトリック内にのみにしか届いてないのでは?」

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マリアママ「御子イエズスご自身のものであるわき腹から流れ出た御血と御水は、イエズスそのものですから、大変なめぐみとみいつに直結しています。『御聖体と同じく、イエズスそのもので、神そのものである』と、関わりを持つ必要がある人には、自然と理解する、悟ることが出来るめぐみが与えられます。

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 神学者たちの難しい言葉では、わかることが出来ないことでも、私的けいじを受け入れる人は、神のみわざであることが教えられます。人間的に説明が出来なくても、罪の汚れを洗い流してくれることや、愛そのものであるイエズスの許したいという、いつくしみの深さが計り知れないことを、心の中、霊魂に直接、伝えられます。知ってしまうと、気絶をしてしまうことでしょう。

 マリア・アントニアには、御水については、絵でも描いたことがあるように、水の色とされる、水色のような青い色で見せられました。御聖体から水色の光となって出たものは、描いたものを指していますが、御体からほとばしり出た御水と同じことを表したものです。うまく説明が出来ないままでも霊魂には理解させられます。

 体液は、普通の水とは違って、とても神秘的なものです。けいやくのひつの上に、今も新鮮なまま残されている御血のように、その中に少し含まれています。そして生き続けています。

 マリア・アントニアには、最低最悪な霊魂に対しての神のやさしさをおしえられることでしょう。ファウスティナと共通して、やさしさを知っていきます。そしてマルガリータ・マリア・アラコックのように、みこころを、炎の熱のように、心に感じることも体験していきます。イエズスのご受難を体感します。わが息子が感じているように、広まることを押さえつけられています。あらゆる宗教にねじまげられて、間違って他のものとなってしまっています。カトリック内でも否定されています。広めたくないと思っています。」
posted by こるべまりい at 12:29| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 秋田の聖母 第2出現 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2017年6月4日

聞こえる大奇跡

リトル・マグダレーナの証言

2017年6月4日(日曜日)

聖霊降臨の日、説教中にマリアママの涙の音を聞いた。始まって5分、涙の音がした。私「あっ!」と思った。昨日、聞いた涙の音とはちがっていた。「涙なのかなあ?」と思った。コルベ神父様のことを語るところと、ジャン・マリーが神学校で体験したところ、それとワルトルタのことを話したところで、はげしく涙の音がした。

聖霊に対する悲しみを、マリアママが涙であらわしたと思う。今日は、ジャン・マリーの力の入った説教に圧倒された。どなるところでも、涙の音を聞いた。ジャン・マリーの説教を、みんなにも聞いてもらいたいよと思った。

涙の音は、1分ほど続いて、しばらくなかったということが、今日は目立った。流れる音も連続していた。38分の説教中、最後まで涙の音が聞こえた。涙の音は録音された。

マリア・アントニアが確認した。

マリアママ「今回の涙の理由は、イエズスが天に昇られたあとに、聖霊が下ってくださったのにもかかわらず、人々の、すぐにくずれてしまう信仰に対して、涙を流しました。

今回は、流れる連続した音は、イエズスのわき腹から流れた血と水が、再び流れました。人々に対する絶対的なあわれみを表しています。」
posted by こるべまりい at 16:36| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 秋田の聖母 第2出現 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

マリア・アントニアに与えられた天からのメッセージ 2017年6月3日 PM10:52

2017年6月3日 PM10:52
ジャン・マリー「マリアママ、説明ちょー。告解後、リトル・マグダレーナが聖霊のことを考えていて、『マリアママと一致するんだよね』と言っていた。パチャ、パチャ、パチャ・・、7回くらい連続する(5秒くらい)。そのセットが3〜4回、音がだんだん大きくなった。」

マリア・アントニアを通して確認したもの

今回は、マリアママの涙だけ。

1つめのまとまりの時には、私のことと聖霊との一致を認めない聖職者のため。

2つめのまとまりは、言葉だけで、聖霊を信じていると言っている人に対して。

3つめのまとまりの時には、間違った解釈をして、それを力説している人に対して。

4つめのまとまりの時には、これ以上は、御子の怒りの手を止められないという意味です。
posted by こるべまりい at 14:13| 秋田 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 秋田の聖母 第2出現 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする