2009年08月03日

コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(15)

090711_1348~0001.jpg【 無意識のうちの悪魔との契約(4) 】 「オカルトの実践」が、どれほど深刻な事態をまねくか、中学時代にはじまった、「オカルト」「オナニー」「ミリタリー」、3つの「無意識のうちの悪魔との契約」は、まだほんの入り口にすぎなかった。  高校生になると、ぼくに対する両親、先生、まわりの異常な「高望み」は耐え難いものになった。自分の能力をはるかに超えたことを強要され続けた。「オカルトの実践」は、高校生から本格的になった。  超能力に対する「あこがれ」は、切実な「願望」へと変化した。はじめは無意識のうちに「念ずる」という程度だったけど、高校2年生くらいからは、「密教の修業」へと、具体的な行為になった。「オカルト的なもの」から、「オカルトそのもの」に変化した。  自律神経はおかしくなり、夜、まったく寝られなくなった。妄想は激しくなり、顔つきもかわった。そして、積極的に超自然的なものを求めるようになった。  当時のオカルト系の愛読書は、「UFOと宇宙」「ムー」「トワイライトゾーン」、阿含宗の密教の本、だった。仏教・神道関係の本も読みあさった。書いてあることは支離滅裂で、どれも筋がとおらないことばかりだった。でも、夢中で、何か超自然的なことを求めていた。  最初のはっきりした超自然的な現象は、19歳(?)のときだったと思う。明日は大学の数学の試験、で、徹夜で勉強…じゃなくて、半分、瞑想して、明け方になったんだわね。  ベランダにでて、朝日を見ようとおもったら、目のまえをサーチライトみたいに強い、けれどあたたかい光に数回、照らされたんだね。天国にいるみたいに心地よくて、ずーっと味わっていたいくらい、やさしい不思議な光だった。「このしあわせを、ずーっと味わっていたい」と思っていたら、言葉ではないけれど、「そのためには、大いなる苦しみを通らなければならない」という、はっきりしたインスピレーションを受けたんだ。  ぼくは、当時、クリスチャンでも何でもなかったから、これは修業の成果だと、思ってたんだよ。ますます、密教の修業にのめりこんだね。  このあと、20歳のときだったと思うけど、大学の近くに下宿することになった。下宿してすぐに、「ひきこもり」になった。まえにも書いたけど、オナニー三昧、ゲーム三昧、マンガ三昧、and 修業三昧だった。きわだって、超自然的な現象があったわけではなかったけど、自分が生きているんだか、死んでるんだかわからないような状態だったよ。  とくにみんなに知っておいてほしいのは、この当時ぼくは、自分ひとりだけの世界の中で、「王の中の王」になっていたことだ。本当なんだよ。修業して、超能力を身につければ、ぼくは不老不死で、世界で一番すぐれた存在になれる、いや、すでにそうなりつつある、って、本気で思ってたんだ。  いま、「自分らしく生きる」「念ずれば実現する」といった、ニューエイジ的な価値観で、世界はおおいつくされているね。オカルトの実践も、あたりまえのようになっているね。でも、ぼくの姿を見てごらん。そんな生き方を少しでも肯定したら、ぼくみたいになっちゃうんだよ!  大学院生のころだったと思うけど、生協の食堂へお昼ごはん食べに行く途中、別の科の学生が前を通ったの。全然知らない人だよ。その人が、べつにぼくに何をしたわけでもないのに、突然ぼくは怒りだし、彼にむかって罵詈雑言、呪いの言葉をわめきちらしたんだ。彼は唖然としてぼくを見ているけど、ぼく自身も唖然としてしまった。呪いの言葉が、勝手にぼくの口から、次から次へと出てくるんだ。自分でもおかしいと思うんだけど、止められないんだ。  ひきこもりの10年後。末期には、ぼくは廃人同様になっていた。修業して、超人になっているはずなのに、現実は、どうもそうでないらしい。聖人になっているはずなのに、なんでオナニーやめられないの? 神に近づいているはずなのに、自分のみじめな姿はなぜ? 超人なのに、なんで朝起きられないの?  謙遜(けんそん)な人なら、自分の異常さに気づくだろうけど、「傲慢(ごうまん)の罪」は、自分自身の目を見えなくしてしまうんだ。悪魔の王ルシフェルのことを、「年老いて気の狂ったヘビ」って聖書で言うんだけど、「傲慢」は、本当に自分自身を「神」としてしまい、こんなに異常なのに、本人は自分自身が神のように「清く、正しく、美しい!」と信じ込んでしまうんだ。  大学時代当時の、ぼくを知る人々にインタビューしてみるといいよ。ぼくが、いかに異常で、ブチ切れやすく、人を人とも思わない傲慢な、いやなやつだったかを証言してくれると思うよ。  自分自身を「神」と等しいものとする、いまのニューエイジ的な風潮が、いかに危険なものか! 入り口は様々で、甘い言葉で近づいてくるけど、その効果を見てごらん! ぼくがその代表選手なんだよ! まったく気がつかないんだ。完全に自己暗示にかかちゃってて、自分は「善人の中の善人!」って信じきっているんだ。  廃人同様になってしまった、ひきこもりライフの末期、25歳くらいのころ(?)、1987年ころ(?)だったと思う。「ムー」で鬼塚五十一さんが書いた記事で、はじめて、リトル・ペブルさんに与えられたマリアママのメッセージを知ったんだ。いままで読んできたオカルト系の記事の中で、はじめて筋の通った、まともな記事を読んだ。  これが、ぼくの人生のターニングポイントになった。でも、ここまで「逝ってしまった」ぼくは、それから何十年も苦闘し続けているんだ。この後のことは、またおいおい書いていくね。  現役の大罪人! それが、ぼくの本当の姿だ! 耳のある人は聞いてほしい! 目のある人は見てほしい!  はっきり言えば、いま日本で講演活動をしている、反キリスト、ロード・マイトレ−ヤと、ベンジャミン・クレームを頭とする、その使徒たちが提供するものは何なのかということだ! 悪魔が提供する世間の価値観が、どんなにひどい結果をもたらすのか! ぼくという実例を見て、考え直してほしい!  それとは正反対に、神様がくださる「やさしいとがめ」が、どんなに耳に痛くとも、永遠に続く「本当の幸せ」に導いてくれるか! 「コルベ・マリー」という同宿の中でも最低最悪の実例を見て、みんなは希望をもってほしい。「傲慢」という、もっともいやらしい、たちの悪い罪にそまったぼくを、マリアママがどんなに忍耐強く、決して見捨てずに、やさしく抱きしめ、導いてくれているか、ぼくは証言するよ!  そして、ジャン・マリー神父のいう「幼な子路線」、赤ちゃんのように幼児言葉で、マリアママと親しくお話しする、ってことが、「バカ」のように見えるけど、どれほど理にかなっているか、みんなわかってくれたらなぁ! http://charbeljapan.cocolog-nifty.com/charbeljapan/cat20899643
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2009年08月02日

コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(14)

090717_1318~01.jpg【 無意識のうちの悪魔との契約(3) 】  まえに、ぼくはものごころついたときから、「神ちゃま大好き!」ってこと話したね。小さいときから、ひとりで空想、黙想するのが好きで、山や川や、美しい景色を見ては感動し、ほんとうに、「なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」っていう、ちょっと変わった子供だったんだ。   小学校3年くらいのとき、学校の帰り道、子供たちが遊べる「児童館」ってのがあって、そこにいろんな本があるんだけど、「地獄」のことが書いてあったんだ。盗み、うそ、殺生etc、悪いことすると、死後、閻魔大王の前で裁きをうけ、地獄へ落ちちゃうって、恐ろしい絵がのってて、ぼくは恐怖に縛られちゃった。ハエ一匹殺しても、殺生したことになるから、どうしよう!って、真剣に悩んだ。  やはり、同じころ(?)、子供たちのあいだで、「ノストラダムスの大予言」ってのが話題になっていて、「1999年7月に人類は滅びるんだって!」って言うんだ。ぼくは、まじめに「そうか、ぼくは38歳で死ぬんだ」って、やっぱり真剣に悩んだ。このとき、友だちが「死んだら、どうなる?」っていうんで、考えたんだけど、ぼくには「死んだら無になる」とは思えなかった。無意識のうちに、「霊魂の不滅」ってことを考えてたんだね。  そして、小学校の5年生のころ、「UFO」ってのがはやった。「空飛ぶ円盤」ってやつだ。遠足かなんかで愛知県の森林公園へいったとき、ぼくは卵型の円盤を見た(?)。いま思うと、飛行機だったのかもしれないけど、当時、ぼくは「円盤見た!」って自慢していた。  このへんから、子供にありがちな無垢な好奇心から、オカルト的な悪い好奇心への変化が始まっていたのかもしれない。  中学生のとき、ユリ・ゲラーの「スプーン曲げ」が大流行した。ぼくも一生懸命やってみた。ちっとも曲がらなかったけど、「念ずる」って、オカルト的行為を実践したのは、これが初めてだったと思う。  このころだね、悪魔のアタックが始まったのは。中学1年生のときだったと思う。異様にリアルな夢で、真っ赤に燃えさかる地獄の炎の上に、真っ黒な「餓鬼(がき)」みたいなやつがいて、糞尿みたいなものをむさぼり食っているんだ。そいつが、「おまえたちを呪ってやる!」ってくりかえすんだ。怖くって、目が覚めたんだけど、ほぼ同時に、隣の部屋にいた弟が駆け込んできて、「にいちゃん、怖いよう!」って、ぼくにしがみついてきたんだ。弟がこんなことするのは、後にも先にも、この時だけだったけれど、何か異様なことが起こってたのは確かだった。  このあと、夜、神経がたかぶって、まったく眠れなくなった。  ちょうど、先に書いた、「オナニー」「ミリタリー」の「無意識のうちの悪魔との契約」の時期と合致するんだね。ジャン・マリー神父に聞いたんだけど、「こっくりさん」みたいなオカルト的行為を実践すると、霊的な世界にチャンネルが開いて、悪魔からの攻撃をもろに受けるようになるんだって。  いま、よくよく思い出してみると、小学校の高学年から中学校のはじめにかけて、ぼくは無意識のうちにオカルト的行為を実践しはじめたんだね。ユリ・ゲラーの「スプーン曲げ」の実践が、ぼくにとって最初の、オカルト的行為の実践による「無意識のうちの悪魔との契約」だったと思うよ。  その後、「瞬間移動」「空中浮遊」「念力」っていうのが、具体的なぼくのあこがれの超能力だった。でも、中学生の時代には、まだ「うらみ」「憎しみ」という要素は、ほとんどなかったと思う。ドラエモンの「たけコプター」「どこでもドア」がほしい!ってレベルだったと思うよ。  でもね、よく考えてみると、こっちの「オカルト的行為の実践」が、ぼくにとって最初の「無意識のうちの悪魔との契約」なんだから、これは軽々しくあつかっちゃいけない大問題なんだね。  入り口は、みんなもやっている「気をおくる」「パワーをもらった」といった、よいことに思えること。でも、これを実行したそのときから、悪魔の霊力の支配下に、巧妙に取り込まれていくんだ。 「オカルト的行為の実践」が、どれほど深刻な事態をまねくか、高校時代以降のぼくの体験談は、次回、もっとくわしく書いていくけどね。  はっきり言えることは、ぼくは他のだれよりも悪い、最低最悪の霊魂だということ! でもね、イエズス、マリアママ、ヨゼフパパ、すべての天使くん、聖人くんたちは、これほどひどいぼくのことを愛し、かばってくれているんだ。  神ちゃまが、どんなにやさしいか、マリアママがいつもみんなのことを「ギュッ!」と抱きしめて愛しているか、知ってもらえたらうれしいよ! http://charbeljapan.cocolog-nifty.com/charbeljapan/cat20899643
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2009年08月01日

コルベ・マリー阿部哲朗の告白録(13)

090731_0506~01.jpg【 無意識のうちの悪魔との契約(2) 】  ぼくは、1962年生まれ。ベトナム戦争とか、安保闘争とか、大阪万博とか、アポロが月着陸に成功したとか、幼少期から小学生のころの時代背景だ。といっても、当時のぼくに、そんなむずかしいことわかるわけないけどね。なんせ、「アメリカは月にある」「ウルトラマンにでてくる怪獣は、毎週どっかからつれてくるんだ」って思ってた、おめでたい子だったからね。  うちは、無宗教、政治的にどこどこを支持するなんてこともなかったね。でも、なぜか当時、親も学校の先生も、「平和主義」なんだね。共産党でも社会党でもないんだけど、なぜか「平和!」「平和!」って教育されたんだね。  共通しているのは、親も学校の先生も、第二次世界大戦中、大人として戦争を経験したんじゃなくて、戦中・戦後すぐの時代に多感な幼少期をすごした人たちなんだね。  「けんかは絶対いけません!」「(タミヤの)プラプラモデルはいけません!」「戦争ごっこはいけません!」ってね。銀ダマ鉄砲もって、戦争ごっこやったら、すごくいやみをいわれたよ。男の子はみんなやっているのにね。  動物たちは、子供同士でじゃれあって、けんかして、けんかのルールを学ぶんだ。動物たちは、生きるために必要な場合以外は、絶対に相手を殺したりしないんだ。けんかして、相手が「まいりました」って言えば、それ以上、攻撃しないんだ。人間も同じ。子供時代に、じゃれあって、けんかして、けんかのルールを学ぶんだ。とくに男の子はね。  でも、ぼくには、それはゆるされなかった。けんかしちゃ、いけないんだ。不当な仕打ちを受けても、だまって耐え忍ばなきゃいけなかったんだ。  異常なストイックさで、「平和!」「平和!」「戦争はいけないことだ!」って、コルベ・マリーの「御者」は、厳しく自己統制してたよ。小学校の時代に「仏様みたいだ」っていわれたし、中学校の時には「ガンジー」っていわれたよ。丸坊主で、メガネをかけていて、「非暴力!」「平和!」を唱えていたからね。  でもね、小さいときから病弱で、運動音痴で、どんくさかったから、学校ではすごくいじめられたんだ。不当な仕打ちを受けても、だまって耐え忍ばなきゃいけなかったんだ。クリスチャンじゃなかったけど、相手を「ゆるそう」って、けなげに、必死に努力してたんだ。  中学一年のとき、タミヤの1/700ウォーターラインシリーズの軽巡洋艦「熊野」を買ったんだ。「平和主義者」なのにね。つい、ふらふらと…。そして、はまっちゃたんだねぇ〜。次は軽空母「龍驤」…、って、あっというまに連合艦隊ができちゃったよ。試験前なのに、かくれてこそこそ作っていたら、母にみつかって、ガミガミガミ!  また、このころ、毎週土曜日だったかな、「実録 太平洋戦争」っていうドキュメント番組があって、すごくはまってしまった。そして、もう、くわしい名前は忘れちゃったけど、サンケイが出しているムックを買いあさって、読みふけった。イギリスのリデル・ハートさんっていう、その筋のすっごく有名な人らしいんだけど、「平和を欲するなら、まず戦争を理解せよ」っていう言葉が、その本の裏表紙に書いてあってね。「平和主義者」のぼくは、いかんいかんと思いながらも、その言葉の魅力にとりつかれちゃったんだね。  当時ぼくは、すっごく本気で「世界平和」を望んでいたんだけど、これは異常にストイックな「御者」の方で、「お馬さん」は普通の男の子と同じように、こういうものの魅力に、あこがれさえもって、飛びついたんだね。  その後、伊藤正徳さんの「帝国陸軍の最後」「帝国海軍の最後」とか、本がボロボロになるくらい読みふけった。高校・大学のときは、「PANZER」「戦車マガジン」「世界の艦船」の愛読者だった。  中学・高校時代に戻るけど、1/700の連合艦隊は、母にガミガミ言われて、また異常にストイックな「御者」に強制されて、3回ほど全滅しているんだ。足を洗おうとして、いったん全部すてるんだけど、やっぱり抗いがたい魅力でね、駆逐艦「松」くらいならいいだろう、ってとこからはじまって、いつのまにか連合艦隊に成長してしまうんだね。  さて、ここまでなら、程度の差はあれ、普通の男の子なら誰でも経験することだろうけど、ここから先、ぼくはあぶない世界にはいってしまうんだね。  「御者」と「お馬さん」のたとえばなしをしてきたね。中学・高校くらいになると、「平和!」「平和!」という理想論は、だんだん通用しなくなってきた。「平和!」「平和!」といってた親と先生が、中学になると、手のひらをかえしたように、「競争だ!」「勉強しろ!」「人生の落伍者になるな!」って、わめきちらすんだ。突然、まったく正反対の価値観を強制されたんだ。  中学はまだましだったけど、高校は最悪だった。いままでのいじめとか、英語の先生ににらまれて、いやがらせを受けた。ストイックにこれらの人々に従順しようとする「御者」に反して、ムチ打たれ続け、ひどすぎる緊張とストレスにさらされ続けた「お馬さん」は、病的なレベルにはいっていったんだ。  ここで、コルベ・マリーの中に、架空の軍隊、「猫国軍(にゃんこくぐん)」が誕生したのだ。「韓国軍」のもじりだね。当時、BCLっていう、ラジオの短波放送で、世界各国の日本語放送を聞く、ってのがはやっていて、韓国のKBS、北朝鮮のピョンヤン放送とか、意味はわからないけど、よく聴いていたんだ。で、韓国にすごい好意をもっていたんだけど、この「猫国軍(にゃんこくぐん)」は、北朝鮮軍がモデルになっているんだね。  この架空の軍隊と、1/700の連合艦隊が、ゆるそうと必死に努力しても、どうしてもゆるせないこの人々に対して、コルベ・マリーのことを守り、かつ報復してくれるってわけ。  先に書いた「ネコ」と同じく、逃避行動の一種なんだけど、ここにやはり、「無意識のうちの悪魔との契約」がなされた可能性があるんだ。契約書にハンコつかされたメカニズムは、先のオナニーについてのものと同様だ。  本邦初公開だけど、コルベ・マリーの妄想の軍隊、「猫国軍(にゃんこくぐん)」は、ついこのまえまで、ぼくの中に存在し、機能していたんだ。  高校のとき、うらみかさなる校舎に、ロケット弾を打ち込んでいた。20数年前、ガチでひきこもっていた時には、頭の中で核爆弾が毎日炸裂していた。大学の研究室で、明日をも知れぬ恐怖の中で、博士論文を書きあげ、発表するとき、ぼくはたったひとりになっても、信念のために最後まで抵抗する、塹壕の中の一兵士だった。約15年前、長崎の「聖母騎士社」にはいったときは、「コルベ神父様の精神を復活させるんだ!」といって、みなにリトル・ペブルさんを信じさせるため、たったひとりでゲリラ戦をいどむ特殊部隊の兵士だった。  これらは、全部、コルベ・マリーの妄想なんだけど、こうやって自分を奮い立たせていたんだ。  そして、ジャン・マリー神父と共同生活をはじめた約12年前、ぼくの頭の中には「戦車」が走りまわっていたんだ。そして、何か試練とか、危機的状況におそわれると、神様とかマリアママに頼るんじゃなくて、コルベ・マリーの妄想の軍隊、「猫国軍」が戦闘態勢にはいるんだ。  ジャン・マリー神父は、最初から修道者らしく、神様とマリアママに絶対的に信頼して、「自分に死んで、つぐないに生きる」という価値観。コルベ・マリーは、その正反対の「自分の力」、プラス、無意識で気がつかなかったけど、「悪魔との契約による力」に頼ってたわけなんだね。  だから、聖シャーベル修道会の第3部門で、修道信徒誓願を立てる、どころじゃないよね。2006年11月1日、誓願を立てる最初のチャンスがやってきたんだけど、そのときぼくは、「貞潔」の誓願が守れないと思ったから辞退したんだ。でも、本質的にはもっと深刻な理由で、ぼくには修道生活はまったく無理だったんだね。  やさしい、あわれみの神様は、こんなぼくを切り捨てるどころか、このままのぼくで働ける「リトル・ペブル同宿会」をプレゼントしてくれたんだね。  みんな、考えみて。神様は、自分がこんなにひどい人間だって認識しはじめるまで、やさしく、ゆっくりゆっくり、30年以上かけて導いてくれたんだ。そしていまも、清水小屋の仲間たちのなかで、ゆっくりゆっくり、やさしく導いてくれているんだ。  マリー・マドレーヌに与えられたメッセージを読みかえしてごらん。コルベ・マリーは、こんなにひどい人間なのに、マリアママは一言もコルベ・マリーを責めたことがないんだ。  神様は、マリアママは、どれほどやさしいか、コルベ・マリーは証言するよ。そして、リトル・ペブルさんとジャン・マリー神父が、本当に神様の代理者として、信じられないくらい寛大で、どれほどやさしいか、コルベ・マリーはやはり証言するよ。  次回、「無意識のうちの悪魔との契約」シリーズ、第3弾は、オカルトの実践編だ! お楽しみに (^_^)v http://charbeljapan.cocolog-nifty.com/charbeljapan/cat20899643
posted by こるべまりい at 14:14| 秋田 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コルベ・マリーの告白録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする